
都市の根
CITYROOT
2001年・2004年・2006年
2001年春、宮森敬子はアメリカ・フィラデルフィアで《City Root》シリーズの着想を得た。市北部のケンブリッジ・プラザ・ハウジング・プロジェクトが新たな住宅開発のために解体されることとなり、建物とともに周囲の木々も根こそぎ取り除かれた。重機によって引き抜かれた大木の根には、コンクリートやレンガの破片が複雑に絡みついていた。
YouTube映像 IMAGINA制作風景(アビー・クレバノフ監督、2002年)
都市の根 2006年 樹脂、樹の根、瓦礫、レンガ 213.4 × 198.1 × 170.2 cm
《都市の根(City Root)》の原型となった根は、ジラード通りと11通りの角に立っていた、直径約180センチのオークの大木であった。団地の取り壊しの際、宮森が初めてその根を目にしたとき、複雑かつ力強い形状に惹かれ、この木がかつて堂々とそびえていた姿を想像し、強く心を動かされたという。
根にはレンガ、ガラス、金属の破片が入り込み、それでもなおこの樹はその地に根を張ってきた。その姿は、過酷な環境でも生き延びる生命の力を物語っていた。自然の大地とは正反対の、人間のゴミにまみれた土地で巨大に成長したこの樹は、都市の生命力そのもの、すなわち「都市の中にある樹々の命」と「樹々の中にある都市の生命」を同時に象徴する存在として、宮森の心に刻まれた。

都市の根 のモールド作りを準備する宮森(2006年、ペンシルベニア州アレンタウンにて)
その後、宮森は2004年、フレデリック・マイヤー彫刻コンペティションで第1位を受賞し、助成金を得て、フレデリック・マイヤー彫刻庭園に屋外展示できる作品の制作に取りかかった。彼女は、発見した巨大な木の根を生かし、その根を透明な樹脂の立方体の中に封じ込めるという彫刻作品を構想した。
しかし、制作の途中で石油価格が高騰し、予定していた量のレジンを使用することが難しくなった。そのため、木の根を覆う樹脂の厚みが不足し、一部に亀裂が生じてしまう。屋外展示には耐久性が不十分だと判断され、当初の目的は果たせなかった。
それでも宮森は、この亀裂を「自然が人工的な束縛から解き放たれようとする力の表れ」と捉え、この“都市の根”という宝物を多くの人と共有することを目指して、展示に向けて作品を完成させた。
完成作品の重さは約2トン、サイズは約2.1メートル × 1.9メートル × 1.7メートルの立方体となった。
都市の根(クローズアップ) 2006年 レジン、木の根、各種残留物、レンガ 210 × 190 × 170 cm
都市の根 ― CITY ROOT キューブシリーズ
2006年 - 2012年
《City Root》プロジェクトの前後、宮森は樹脂(レジン)と自然素材である木の根のあいだに起こる化学反応や、そこに生じる気泡の性質を探るため、小スケールのキューブ作品を実験的に制作した。木の根を樹脂の中に浮かせたこれらのシリーズは、自然と人工的な拘束との関係性を立体的に表現するものである。
シリーズの第一作では、壊れたタイプライターを用い、《City Root》プロジェクトの延長として試作を行った。完成から5年後、このプロジェクトに大きな反響が寄せられたことを受けて、宮森はそのコンセプトを《Typewriter – Energy》シリーズへと発展させ、タイプライターを樹脂キューブに封入する形で展開した。
キューブ内部に見られる無数の気泡は、封入された素材が有機物(この場合、オブジェを包む和紙の繊維)であることに起因しており、制作過程で自然に生じたものである。これらの気泡は、素材の呼吸や変化そのものを記録する痕跡として、作品に不可欠な要素となっている。
都市の根 #1 2006年 木の根、レジン 34.2 x34.2 x 30.4 cm
タイプライター#5 “私はここにいる.” 2012年 木炭、和紙、タイプライター、レジン 34.5 x34.5 x 30.4 cm
「I am Here」とは、「私はここにいる」と現在形で宣言したその瞬間が、直ちに過去となり、「I was here」となるという時間の逆説を指している。つまり、その人はもはや「ここ」には存在せず、「あの時、あの場所にいた」という事実だけが残る。
タイプライターのキーボードのうち、「K」と「O」のキー(日本語で「ここ」を意味する“Koko”)のみ、和紙で包まれていない状態である。
Broken Typewriter: “yes, you can.” 2006年 木炭、和紙、タイプライター、レジン 34.5 x34.5 x 28 cm
このシリーズの最初の作品は「Broken Typewriter」というタイトルで、日本から宮森のもとに送られてきたものである。到着時にはすでにタイプライターは壊れており、ほとんど機能していなかったため、この題名が与えられた。ただし、かろうじて文字を打つことは可能であったため、紙に「yes, you can」と印字された。
タイプライター#2 “I was defeated, yet....” 2012年 木炭、和紙、タイプライター、レジン 34.5 x34.5 x 28 cm.
タイプライターには、キーの中に、包装されていない紙の中に、メッセージが隠されています。天然の和紙と樹脂の化学ポリマーが反応して、気泡ができ、盛り上がります。人工的でありながら、樹脂の中で気泡やインクがまるで生きているかのように咲いているのです。
タイプライター#3 “I once was on top of this tree.” 2012年
木炭、和紙、タイプライター、レジン
34.5 x34.5 x 30.5cm
タイプライター#4 “Cling to its surface.” 2012年
木炭、和紙、タイプライター、レジン
34.5 x34.5 x 28cm
《I was once on top of this tree》は、アマゾンに自生する高さ60メートルのサマウマの木の頂上で採取された拓本をもとに制作された作品である。その圧倒的な高さの中で、作家は木のてっぺんから周囲を見渡し、眼下に広がる熱帯雨林の息づかいを感じながら、自身が自然のすべてとつながっていることを実感した。タイプライターのインクリボンは、制作の過程で顔料を放出し、痕跡を残している。