
日々の樹拓シリーズ
Part 1 I am Still In New York (2020)
Part 2 I am Still In Japan (2021)
Part 3 TIME (2021 ~)
Part I I am Still in New York (私はまだニューヨークにいる)
2020.4.20 - 2020.8.22 (125days)
I Am Still In New York 私はまだニューヨークにいる 2020 和紙 木炭 ガラス ハンダ
I am Still in New York (私はまだニューヨークにいる) は、コロナウイルスによるパンデミックからの回復をテーマとしたプロジェクトである。
外出や移動が厳しく制限される中、近所の散歩だけは許可されていた。私は、都市における人間と自然の関係性を観察しながら、毎日近隣の樹木の拓本を採集した。
最初の拓本は、2020年4月20日――本来であれば私が日本に帰国する予定だった日に始まった。ニューヨークはロックダウンされ、搭乗予定だった便もキャンセルされた。
パンデミックに対する街の反応が日ごとに激しさを増すなか、私は、近所の樹木が以前と変わらずそこに立ち続けていること、そして鳥たちが以前にも増してさえずっていることに気づいた。
73日目 7.1.2020 採集場所
96日目 7.24.2020 採集場所
43日目 6.1.2020 採集場所
73 日目 7.1.2020 樹拓が採集された和紙
96日目 7.24.2020 樹拓が採集された和紙
43日目 6.1.2020 樹拓が採集された和紙
道端に
美しい家の前に
ゴミ箱の中に
人と一緒に
ひとりで
金属の柵を突き抜けて
場所場所での
近所の
樹々の思い出
それらを一つ一つ
透明な箱に収めてゆく。
I Am Still In New York 私はまだニューヨークにいる (部分)

日々採集された樹拓の和紙は、天候に応じて色分けされたガラスケースに収められている。晴れの日は銀、曇りは灰、雨は黒といった具合に、天候がコード化されている。
各ケースには、ひとつひとつ異なる通し番号が刻まれており、それらは未知の場所や木々、記憶の痕跡を示す小さな暗号のような存在となっている。
I Am Still In New York という言葉には、変化と不安のなかでも、「ここに在る」と信じ続ける意志が込められている。手作業で生まれたガラスケースは、壊れやすく不完全な存在としての人間そのものを静かに映している。このコレクションは一見すると均質に見えるが、実際にはひとつとして同じものは存在しない。
20168 5.21.2020
美しく晴れた朝。赤いバラ、青い空。
和紙 木炭 ガラス ハンダ
8.5 x 6.5 x 1.3 cm
20089 5.8.2020
雨上がりの曇った午後
和紙 木炭 ガラス ハンダ
8.5 x 6.5 x 1.3 cm
20405 7.6.2020
午後遅くから雨模様
和紙 木炭 ガラス ハンダ
8.5 x 6.5 x 1.3 cm
Part 2 I am Still in Japan (私はまだ日本にいる)
2021.1.14 - 2021. 4.3 (81 days)
I Am Still In Japan 展示風景 和紙、木炭、ガラス 各8.5x6.5x1.3cm 合計 81 boxes
コロナによる渡航制限が解除され、アーティストはようやくニューヨークから両親の介護のために横浜へ向かうことができた。しかし、日本滞在中に新たな渡航禁止令が発令されたことで、今度は日本からアメリカへ戻れなくなってしまった。滞在が長引くなか、宮森は97歳の父を介護施設から毎日連れ出し、散歩の途中で共に樹拓を採集するという新しい日課を始めた。
I am Still in Japan シリーズは、2021年1月14日(作家の誕生日)から、ニューヨークの自宅とスタジオに戻る前日である4月3日までの81日間にわたって制作された。宮森の過去・現在・未来に触れながら、詩的に時間を刻んでいくこのプロジェクトは、かつての記憶を呼び起こしながら、新たな記憶を創造していったのである。
— ポール・ラスター(アートライター/ニューヨーク)のコラムから要約
インスタグラムに記録された日々の樹拓採集
Part 3 TIME (タイム)
2021.10.11 ~ current
TIME は、宮森敬子が2021年10月11日に始めた、継続中のアートプロジェクトである。
毎日の記録は Instagramでも紹介されているが、この作品はデジタルではなく、すべて手作業でつくられた物質的な記録である。時間、記憶、存在を静かに見つめながら制作されたもので、日々の習慣がかたちとなって現れている。
使用しているのは、木の幹をこすって和紙に写し取る「拓本」と、それを収める手作りのガラス箱である。ガラスのはんだ付けや組み立ても、すべて自らの手で行っている。
プロジェクトのきっかけは、父が97歳でがんの手術を控えていたことであった。その日から、毎朝同じ木の同じ場所から2枚の小さな拓本を採る習慣が始まった。1枚は選ばれ、天候によって縁の色が変わるガラス箱に収められる。晴れの日は銀、曇りは灰、雨の日は黒、雪の日は白。天気もまた、その日の記憶の一部として刻まれている。
TIME は、オンラインだけでなく展覧会の空間でも展開されている。観客は自分の心に響く一枚を選び、持ち帰ることができる。その場合、もう1枚の同じ日の拓本が代わりに青いガラス箱に収められて展示に加わる。それは、その日と誰かが出会った記録として、静かに積み重なっていく。
作品を選ぶ理由は人それぞれである。見た目に惹かれる人もいれば、誕生日や記念日、別れや再出発の日など、特別な意味を持つ日付を選ぶ人もいる。誰にとっても「忘れられない日」がある。その一枚は、小さな器となって、その意味をそっと抱える。
日々の記録写真には、父や母、そしてセラピーキャットのマルの姿もよく登場する。マルはプロジェクトの途中で亡くなり、その後、新しく迎えた子猫のヨージが家族に加わった。父は100歳でこの世を去り、ヨージは成長し続けている。こうして日々は続いていく。喜びと別れ、生と死。穏やかな日常と、不安定な世界の現実。そのあいだを静かに流れる時間が、このプロジェクトの核となっている。
もともとは、家族との最後の時間を記録するために始めたプロジェクトだった。しかし TIME は、やがて瞑想のような、誰にでも開かれたアーカイブへと成長していった。それは、ただ過ぎ去るものではなく、私たちが「生きながら触れることのできる時間」を見つめ直すきっかけとなる。
あわただしく進んでいくこの世界の中で、TIME は今も静かにそこに在り続けている。
インスタグラムに記録された日々の樹拓採集 https://www.instagram.com/keiko_miyamori/