
和氏の璧(かし・の・へき)
QIANDAO LAKE PROJECTS, CHINA
2018 -2020
千島湖
和氏の璧(かし・の・へき)
2018年、宮森は、中国・千島湖にあるカレンホテルの建築チームから招かれ、ホテルのロビー空間にインスタレーションを制作した。千島湖(サウザンド・アイランド・レイク)は中国東部に位置する人工湖で、50年以上前には山間の都市や村々が存在していたが、ダムの建設により水没し、現在では無数の島々が水面に点在している。
モダンで豪奢なホテルと、かつてそこにあった素朴な村が、同じ土地に重なって存在するという事実に、宮森は強く心を動かされた。周囲の村々を巡りながら、人々の暮らしの痕跡を宿す古いオブジェを収集し、それらを作品の素材とした。
たとえ人々がその土地を離れて久しくとも、村の記憶は千島湖の「島々」や周辺の集落に散在している。宮森は、かつてこの地に生きた人々、そして今この地に暮らす人々、古い時間と新しい時間とが重なり合うこの場所の「存在」について思いを巡らせた。島々の周囲で集めた古いオブジェには、現地の木から採取した拓本と和紙を用いて覆い、人々の歴史や記憶を包み込むようにして仕上げられている。
「和氏の璧(かしのへき)」というタイトルは、中国の古代説話「和氏之璧(Héshìzhībì)」に由来する。「和氏」とは翡翠(ひすい)の原石を発見した人物の名であり、一見ただの石に見えたものが、磨かれることで比類なき美しい宝石であることが明らかになるという物語である。この石は最終的に皇帝の宝となり、真の価値を見出された。
「和氏」は日本語では「わし」とも読まれ、それは宮森がオブジェを包む素材である「和紙」と同音となる。宮森はこの説話に重ねるように、村の暮らしに使われていた何気ないオブジェの中に、磨かれるべき「存在の価値」と「内なる美」を見出そうとする。
村の歴史の名残りは、人々が長い間そこから離れても、千島湖にあ「島」や周辺の村々に散らばっていた。宮森は過去にこの地域にいた人、そして、現代の湖周辺にいる人、この場にある古き人生と新しき人生、その両者の時間と空間について考えた。そして、これらの「島」の周辺から集めた古いオブジェクトを、湖の周りから採集した樹拓と和紙で覆い、人々の歴史を包み込んだ。
中国語で「和氏之璧」は Héshìzhībì と発音され「和さんのヒスイ」という意味、日本では「和氏之璧(カシノヘキ)」の物語として知られている。物語では「和氏」は ”kashi” として登場するが、日本語では ”washi” と発音されるのが普通であり、それは(宮森が)オブジェクトを包む紙 (和紙) と同じ発音である。この物語は、ある村人か見つけた普通の石に関する古い中国の説話を起源とする。一見なんでもない石が、磨かれてみると、実際には翡翠であった、という物語である。しかも、それは実に最も大きく美しい翡翠であり、皇帝にとっても貴重なものとなったという。
宮森はこの逸話にあるように、一見なんでもないと思われる(村の人に使われた)オブジェの内部にある美、(過去からそこにある、という)存在の価値を明らかにする。
《和氏の璧》ディテール
(2018年、中国・千島湖周辺の村々で収集した古いオブジェを使用)
和氏の璧 2018年
和紙、木炭、枝、金属ワイヤー、収集物(ファウンド・オブジェクト)
570 × 250 cm
和氏の璧 2018年 和紙、木炭、枝、金属ワイヤー、拾得物 570 × 250 cm
ディテール “小鸟和它的家” 少しの間、休んで行く場所
A Place To Perch, If Not For A Moment
(小鸟和它的家:少しの間、休んで行く場所)
2020年の冬、宮森敬子は再び中国・千島湖を訪れた。人工湖と人工島からなるこの地域に、自然と現代生活という異なる二つの世界のあいだに静かな対話を促す、野外インスタレーション《小鸟和它的家(A Place To Perch, If Not For A Moment)》を制作した。
2年以上ぶりの訪問で、彼女はこの土地の急速な開発の進行に驚かされる。そうした変化のただなかで、ひとつの巣箱、5つの鳥かご、そして20羽の白磁製の鳥が、人工島を囲むように植林された木々に設置された。これらは、実際にこの地域に生息する野鳥たちに向けて開かれている。
人工と自然、過去と現在、鳥と人間。異なる存在が交差するその場所に、ほんのひとときでも羽を休める場が生まれる。すぐに通り過ぎてしまうかもしれない出来事であっても、「少しの間、そこにとどまる」ことの意味が、静かに問いかけられている
カレンホテルでのインスタレーション(中国、2020年)
インスタレーションのディテール

Installation at Hotel Karen on Qiandao Lake, China, 2020
この場所は私たちが集まる場所
2020
和紙の樹拓で包まれた古い農具とひびの入った器、村の歴史を記した書物(2020年、カレンホテル/杭州・中国)
千島湖に浮かぶ島々には、かつて周辺に存在していた村の歴史が秘められている。宮森がこの場に初めて制作したインスタレーションは、ここに建つホテル内のロビーに設営された。それはその場所の歴史を現代に持ち込んだものだった。山の谷間にあった村々はもはや存在しないが、宮森はこれらの遺物を想像し、近郊の村にあるものを収集し続け、それを日本の地方で古来から作られている伝統的な和紙で覆った。
各和紙には、ホテルの周囲の樹々から採集された樹拓が施されており、集められたものたちを包み込んでいる。”彼ら”はここに集まる。この人口湖の周辺から見つけた村の古道具たち、現代のホテルを囲む樹々、そして遠く離れた日本で作られた和紙が、今という瞬間、この場で一つに集まっている。
島で使われていた漁具と石
これらのオブジェクトのなかには、比較的新しいものもあれば、100年を超える古いものもある。
すべて、千島湖周辺の古い村々から集められたものである。
ホテルのまわりに立つ木々から採取した拓本を和紙に写し取り、それぞれのオブジェの一部、または全体を包むように貼り重ねている。
かつてこの地に暮らしていた人々、いまここを訪れる人々、そして遠く日本からこの場所に立つ私。
その三者を象徴するように、集められた道具や記憶が、ホテルの樹々、日本の地方で漉かれた和紙とともに、ひとつの空間に重なっている。